はじめに:2025年の脅威トレンドを読み解く
情報処理推進機構(IPA)が発表する「情報セキュリティ10大脅威」は、企業のセキュリティ担当者にとって、年度の戦略を策定するための最も重要な指針となります。2025年版においても、依然としてランサムウェア、サプライチェーン攻撃、フィッシング詐欺といった項目が上位を占めていますが、その質は大きく変化しています。特に、生成AIの悪用や、クラウド環境の複雑化を突いた攻撃が日常化しており、従来の「境界防御」だけではもはや組織を守り切ることは不可能です。本記事では、実務者の視点から、2025年に備えるべき具体的な技術的対策と、組織としての防御姿勢について深く考察します。
脅威1:ランサムウェアの進化と「二重脅迫」の常態化
ランサムウェアは、単にデータを暗号化して身代金を要求する段階から、データを窃取して公開すると脅す「二重脅迫」へと完全にシフトしました。2025年の実務において警戒すべきは、攻撃者が「侵入してから暗号化するまでの時間(ドウェルタイム)」を極限まで短縮している点です。
対策として最も重要なのは、オフラインバックアップの徹底だけでなく、EDR(Endpoint Detection and Response)の運用最適化です。多くの企業がEDRを導入していますが、アラートの監視運用が追いついていないケースが散見されます。
以下は、PowerShellを用いた不審な実行プロセスを監視し、ログを収集するための基本的なスクリプトの概念です。
(コード例:不審なPowerShell実行の監視ログ出力)
$eventID = 4104
$logName = “Microsoft-Windows-PowerShell/Operational”
$query = “[System[EventID=$eventID]]”
$events = Get-WinEvent -FilterHashtable @{LogName=$logName; ID=$eventID} -MaxEvents 50
foreach ($event in $events) {
if ($event.Message -match “EncodedCommand” -or $event.Message -match “IEX”) {
Write-Host “不審なコマンドを検知しました: $($event.TimeCreated)”
# ログを外部SIEMへ転送する処理などをここに記述
}
}
脅威2:サプライチェーン攻撃の高度化
自社のセキュリティが堅牢であっても、委託先や利用しているソフトウェアの脆弱性を突かれるケースが増加しています。特に、CI/CDパイプラインへの不正アクセスや、オープンソースライブラリの汚染(タイポスクワッティング等)は、開発現場における大きなリスクです。
実務レベルでは、SBOM(ソフトウェア部品表)の管理が不可欠です。利用しているライブラリに脆弱性がないかを自動的にスキャンする仕組みを、開発フローに組み込む必要があります。
脅威3:生成AIを悪用したフィッシングとソーシャルエンジニアリング
2025年、生成AIは攻撃者にとって「強力な武器」となりました。かつてのフィッシングメールのような不自然な日本語は影を潜め、極めて自然で、かつ特定の個人や業務プロセスに最適化された「標的型攻撃」が大量生産されています。
対策としては、メールゲートウェイでのフィルタリング強化はもちろんのこと、FIDO2に準拠したパスワードレス認証の導入が急務です。パスワードそのものを攻撃者に奪わせない体制が、フィッシングに対する唯一の根本的な解決策となります。
脅威4:クラウド設定ミスによる情報漏洩
パブリッククラウドの利用が前提となった今、設定ミスは最大の脆弱性です。S3バケットの公開設定や、IAMロールの過剰な権限付与は、攻撃者にとって格好のターゲットです。
「Infrastructure as Code (IaC)」を活用し、Terraform等のコードベースでインフラ構成を管理し、デプロイ前にセキュリティチェックを走らせる「ポリシー・アズ・コード」の考え方を導入してください。
(コード例:TerraformによるS3バケットのパブリックアクセス拒否設定)
resource “aws_s3_bucket_public_access_block” “example” {
bucket = aws_s3_bucket.main.id
block_public_acls = true
block_public_policy = true
ignore_public_acls = true
restrict_public_buckets = true
}
脅威5:ゼロトラストアーキテクチャへの移行の加速
「社内ネットワークだから安全」という考え方は捨てなければなりません。2025年のセキュリティの正解は「何も信頼しない(Never Trust, Always Verify)」というゼロトラストの原則です。
具体的には、以下の3点を実務の柱とすべきです。
1. アイデンティティ管理(IDP)の強化:多要素認証(MFA)を全ユーザーに強制し、条件付きアクセス制御を行う。
2. デバイス管理(MDM/UEM):会社のポリシーを満たさないデバイスからのアクセスを拒否する。
3. マイクロセグメンテーション:ネットワークを細分化し、万が一の侵入時に被害を最小限に抑える。
脅威6:インシデントレスポンスの迅速化
攻撃を100%防ぐことは不可能です。「侵入されることを前提」とした体制構築が必要です。実務においては、定期的な「机上演習(Tabletop Exercise)」が有効です。
インシデント発生時に、どのログを確認し、誰が判断を下し、どのようなルートで報告を行うのか。このフローがマニュアル化されているだけでなく、現場が身体的に覚えているかどうかが、被害規模を左右します。
脅威7:専門家不足と運用の属人化
セキュリティ対策は技術だけでは成り立ちません。運用を担う人材の育成と、外部SOC(Security Operation Center)の活用が重要です。自社で全てを抱え込むのではなく、マネージドサービスを賢く活用し、自社のエンジニアは「ビジネスに直結するセキュリティ判断」にリソースを集中させるべきです。
脅威8:法規制への対応とコンプライアンス
改正個人情報保護法や、各業界のセキュリティガイドラインへの準拠は、単なる事務作業ではありません。これらは「守るべき境界線」を明確にしてくれます。定期的な監査を受け、技術的な対策と法的要件のギャップを埋める作業を、年間計画に盛り込んでください。
脅威9:バックアップの破壊と「二重の身代金」
攻撃者は、暗号化の前に必ずバックアップサーバーを探索し、削除または暗号化を試みます。バックアップデータには「イミュータブル(書き換え不可能)」な特性を持たせることが必須です。クラウドストレージのオブジェクトロック機能などを活用し、物理的に消去不可能なバックアップ体制を構築してください。
脅威10:レガシーシステムの脆弱性
古いOSや、サポートが終了したミドルウェアは、攻撃者にとっての「入り口」です。しかし、業務の都合上、即座にリプレースできないケースも多いでしょう。その場合は、ネットワーク分離や仮想パッチ技術を駆使し、レガシーシステムを「隔離された島」として運用する工夫が必要です。
結論:実務者がとるべき「最初の一歩」
2025年の10大脅威を前にして、セキュリティ担当者が意識すべきは「網羅的な対策の追求」ではなく「優先順位の明確化」です。まずは以下の3点から着手してください。
1. アイデンティティの保護(MFAの徹底とIDガバナンスの最適化)
2. 資産の可視化(どこに何があり、誰がアクセスできるのかを把握する)
3. インシデント発生時の初動プロセスの整備
セキュリティは終わりなき戦いです。しかし、最新のトレンドを理解し、技術を適切に実装することで、攻撃者のコストを跳ね上げ、自社を「狙うに値しない標的」にすることは可能です。技術者としての誇りを持ち、堅牢かつ柔軟な組織作りを推進していきましょう。
本稿で紹介した対策はあくまで一例です。自社の環境に合わせて、各ベンダーのホワイトペーパーやIPAの最新ガイドラインを併せて確認し、継続的な改善を続けてください。

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